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大天主小天主: この地、中通で新名家が鎌倉時代に「中通城」に居城したと言われ大天守はこの一段高い山頂にあり、新名弾正守の居城の城跡であるでと言われている。頂上の広さは3アールぐらいの平地である。この山の麓の平地に東屋敷・西屋敷などと言う地名のところがあり弾正屋敷跡と言われている。東屋敷は、高さ2mぐらいの石積みが100mも続いている。
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新名家の墓: 「南海通記」に記載されている1578年、藤目城を守って手勢500名と共に討ち死にした新目弾正がこの中通城主の新名弾正と言われる。その子孫は、この地と現在の綾川町枌所新名に逃れたと言われ、新名家墓所にも鎌倉時代のものと推定される五輪の塔がある。

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西宮のツブラジイ: この辺りは、昔からツブラジイが多かったと思われるが、今は伐採され少なくなった。ここはもともと、西宮の神域であったのでこの木が残った。このような大木は珍しい。